黒米母湯が生まれた理由|開発背景

濱田智子

開発者

この度は弊社ウェブサイトにお越しくださり誠に有難うございます。

このページでは黒米母湯の開発、誕生物語を皆様と共有したく存じます。

少し長くなりますがお付き合いいただければ幸いでございます。

私がまだ高校生の頃、父が重い体調不良により療養が必要となりました。看病の日々感じた無力さ、そして看病の影響で私も体調を崩し、私自身も体の不調と向き合ったこれらの経験は、その後の日々の食事や暮らしを見直す大きなきっかけとなりました。

結婚後、穏やかな日々が続いていた矢先、夫にも大きな体調の変化が訪れました。私たちは暮らしそのものを見直す決意をし、家族で丹波町へ移住。畑を耕し、自然に寄り添う生活の中で、自然食の研究者である森下敬一先生の理論に触れ、日々の食のあり方を深く学び、実践しようと、食事や生活習慣を整えることを丁寧に積み重ねる日々を送りました。

約二年を経て生活は落ち着きました。また同時に、蓄えも尽きたことを一つの契機として、自然食品店を開業。【命は食なり・食は命なり】を合言葉に、日々の食を大切に考える方々と向き合う活動を続けてきました。

ある夏、夫は玄米が喉を遠らなく、食事が取りづらい時期がありました。「少しでも口にしやすいものを」と、黒米・ハトムギ・玄米を飲み込みやすさに配慮した重湯を作りました。それを口にした夫が、「これはウマイ!」と表情を緩めた瞬間を今でも覚えています。その一杯は、食卓に再び座るきっかけをつくり、家族にとって大切な存在になりました。

後日、私たちの暮らしを気にかけ励ましてくださった方々のお一人から、「この重湯には、人を想う気持ちが宿っていますね」と嬉しいお言葉をいただきました。その言葉は、私達の歩みを肯定してくれる静かな励ましでした。

家族のために生まれた重湯は、やがて多くの方の暮らしに役立てていただけるよう、製造方法を整え、改良を重ねていきました。その過程で、重湯づくりの独自技術はアメリカで特許として評価され、動物性原料を使わない取り組みからヴィーガン認証も取得しました。また、大学の研究機関により原料特性についての分析が行われるなど、丁寧な取り組みが少しずつ信頼へとつながっていきました。

夫のためにつくった小さな一杯が、人と人との出会いを通じて全国へ、そして海外へと広がっていきました。気づけば、自然食品の店を創業してから約半世紀。体調と向き合う不安や、支え合いながら過ごした時間、うれしい瞬間─そのすべてが黒米母湯の歩みを形づくっています。

今日まで続けてこられたのは、ご愛用くださる皆さまのおかげです。これからも、ご家族や大切な人を想う気持ちに寄り添えるよう、真心を込めて日々精進いたします。

(開発者 濱田智子)